東京高等裁判所 昭和56年(う)1583号 判決
(1) 被告人の弟鈴木荘大(以下「荘大」という。)は、自動車の充電用発電機に装着して、電動工具や照明器具の使用を可能にするカーマチツクと称する器具を開発し、これの製造、販売のため静岡市内に株式会社生研という登記未了の組織を設け、荘大が社長、被告人が専務取締役と称した。
(2) しかし、カーマチツクの売行は必ずしも順調とはいえず、昭和五三年ころから、被告人は、荘大、比企らとともに各地を回つてこれの販売を行い、昭和五四年九月ころまでには、石上、八巻も加わり、のちに(4)で認定する本件の場合とほぼ同様の方法によりカーマチツクを販売していた。
(3) 被告人らは、昭和五五年一月からは東京都内においてカーマチツクを販売することにし、同月、同都杉並区高円寺北所在のマンシヨン「プラムフラツト」一〇三号室、同都千代田区富士見町所在「ハーモニー会館別館」二〇六号室及び同区神田神保町所在「奈良会館」内の貸電話を借り受けて準備を整えた。被告人、荘大、比企、八巻及び石上は、本件の販売行為を行つていた間、「プラムフラツト」一〇三号室に寝泊りし、随時本件について相談を重ね、被告人及び荘大が種々の指示を与えていた。
(4) 本件におけるカーマチツクの販売は、おおむね次のような方法で行われた。まず、比企(甲)が「株式会社産業特機セールスマン西村英夫」と名乗つて商店を訪れ、カーマチツクの実演宣伝をし、その際、偶然買物等のため来合わせたように装つた八巻(乙)が「これは便利なものだ」などと賞揚し、カタログを持ち帰る。数日後、その商店に八巻が「田中」と、石上(丙)が「東邦工業の佐藤」又は「東亜電工の池上」と名乗つて訪れ、石上が「この近くの現場で工事をしている者だが、カーマチツクという製品は以前知合いが使つていて、なかなかいいものだと思つていた。売つている所がわからず、あきらめていたら、田中君がカタログを持つていたから、お宅に寄せてもらつた」「私の所で四台、タチバナ電工で二台買いたいから、取り寄せてもらいたい」などといかにも六台を購入するかのようなふりをして、言葉巧みにいい、八巻もまた一台買いたい旨を話す。そこで、その商店の者が、さきに比企が置いていつた名刺に記載された「産業特機」の電話番号に従い、ハーモニー会館に電話してカーマチツクを注文すると、いわゆる「売の電話番」として待機していた被告人が応待し、「西村」に連絡させると返事する。カーマチツクを自動車に積んで待機していた比企は、被告人との電話連絡により注文のあつたことを知ると、商店に電話して直ちに納品する旨を返事する。その間、石上は、会社での決裁のためと称して商店からのカーマチツク代金の請求書を受け取り、八巻は、その購入する一台分の前金として、おおむね六万円余りを支払つて立ち去るが、直ちに、被告人と連絡したうえ、被告人の指示した時刻に石上が商店に電話し、「先程の東邦工業の佐藤ですが、いつころ入りますか。会社の方はオーケーが取れそうだから、必ずお願いします。」と念を押す。このいわゆる「ダメ電」は、カーマチツクを納品する比企がその代金を現金で支払つてもらいやすくする効果がある。その後、比企が商店にカーマチツク七台を納入し、その代金を現金又は小切手で受け取る。商店の者は、石上に教えられた「東邦工業」又は「東亜電工」の電話番号に電話し、カーマチツクが入荷した旨を連絡すると、いわゆる「買の電話番」として「奈良会館」内に待機していた荘大が応待し、「佐藤」又は「池上」は留守だが、間もなく受け取りに行く旨答えるが、実際には引取りに行かないでそのまま放置する。一方、八巻は、商店に赴き、代金を支払つた一台を受け取る。
(5) 比企は、受け取つた代金のうち、現金は被告人に渡し、小切手は都内の銀行に開設し、被告人が管理していた西村英夫名義又は市川長春名義の預金口座に振込んでいた。また、八巻が商店に支払う一台分の代金の資金は、被告人が八巻に渡していた。比企、八巻及び石上は、売上に従つた歩合を被告人から受け取つていた。
(6) 被告人らは、本件後も、四国、北陸、関西、九州において、本件同様の方法でカーマチツクを販売していた。
以上の事実関係に基づき、論旨について判断する。
論旨(一)(カーマチツクの有用性についての事実誤認の主張)についてみるに、本件全証拠を総合しても、カーマチツクが使用に堪えない無価値な器具であると断定することはできないが、原判決は、(4)で認定したような販売方法が詐欺にあたるとしているのであり、カーマチツクが無価値な器具であるのに、これを価値があるかのように装つて販売したと認定したものではないから、論旨はその前提とするところが失当である。
次に、論旨(二)(購入した一台分については詐欺罪が成立しない旨の主張)についてみるに、さきに(4)で認定した事実によれば、原判示のとおり、石上らは、カーマチツク六台分については購入する意思がないのに、あたかも「東邦工業の佐藤」又は「東亜電工の池上」と偽称した石上においてこれを購入するかのように装い、佐野保雄らをして、産業特機からカーマチツク七台を仕入れれば、直ちに石上らにおいてこれを購入してくれるものと誤信させたことを認めるに十分である。石上らの右のような行為がきわめて巧妙な詐欺の欺罔行為にあたることはいうまでもなく、石上らの行為は注文行為にあたらず、商人間の駈引として社会的相当性のある行為であるとする論旨は、到底採用の限りでない。もつとも、八巻がカーマチツク一台の購入を申し入れ、その代金を支払つた行為は、それだけをみれば、もとより違法ということはできないが、これは、注文を受けた佐野らをして他の六台も石上において真実購入してもらえるものと誤信させるための巧妙かつ効果的な手段であつて、石上の六台の注文と八巻の一台の注文は不可分のものと認められるから、これをもつて詐欺の欺罔行為の一部と認定した原判決には事実の誤認はない。